東京高等裁判所 平成7年(ネ)1251号 判決 1995年12月18日
主文
一 原判決を次のとおり変更する。
被控訴人は、控訴人に対し、金三〇万円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
控訴人のその余の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、第一、第二審を通じてこれを三分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成五年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、第二審を通じ、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 本件事案の概要
本件事案の概要は、原判決の「事実及び理由」欄の第二項記載のとおりであるから、これを引用する。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
次のとおり付加訂正するほか、原判決四枚目裏九行目冒頭から同六枚目裏八行目末尾までを引用する。
1 原判決四枚目裏九行目の「甲第一六号証、」の次に「乙第二号証、」を、同五枚目表一行目の「山下及び東郷は、」の次に「葛飾区《番地略》」をそれぞれ加え、同裏五行目の「乙山」を「乙山松夫(以下「乙山」という。)」に、同六行目の「告げたが、」を、「告げた。乙山はオートバイを丙川、丁原とともに盗んでおり、控訴人はこれらの窃取に加わってはいないものの同人らからこれらの事情を聞いていたため、警察に発覚して大変なことになったとの事態を理解したが、」にそれぞれ改める。
2 同五枚目裏一一行目の「二階に上がり、」から同六枚目表一行目までを「不審に思い、丙川らを呼びに行くことにし、玄関で靴を脱いで階段を上がり、二階右手奥の廊下突当たりの左側にある開戸の開いていた控訴人居室に、その入口板の間部分までが廊下であると誤認して立ち入ったうえ、山下が室内奥にいた丙川に対し、なぜ仲間を連れて来ない、盗んだのは誰だなどと問いかけたが応答がなかったため、室内に入る旨言明して室内の和室部分に足を踏み入れた。また、東郷は、後記のとおり同室内の布団に横になっていた控訴人が、うるせえなこの野郎などと言い放ち、抵抗する気配が認められたことから、和室部分に踏み込んだ。」に、同四行目の「右のとおり、」から同九行目末尾までを「右認定のとおりの、山下及び東郷が丙川を控訴人居室に戻らせた事情や、なかなか戻らないために控訴人居室に丙川その他の仲間を呼びに行った経緯、戊田荘内の控訴人居室の入口の状況、丙川のその以前の言動からして山下らが控訴人居室を丙川の部屋と誤認していたこと、山下や東郷が来室した目的を理解し、下から呼ばれているのを認識し、呼びに来ることも予想できる状況でありながら、丙川や控訴人らがなんらの応答もしなかったことや、山下や東郷に対して明確な退去要求をしていないこと、かえって控訴人において前記のとおりの対応したこと等に鑑みれば、山下や東郷は控訴人居室内に控訴人の明示の同意なく立ち入ったものではあるが、同人らが居住者である丙川の黙認があるものと考えて入室したことにも無理からぬ事情があったというべきであり、やや周到を欠いたとはいえ、右入室をもって直ちに不法な住居侵入に当たるものということはできない。」にそれぞれ改める。
二 争点2について
1 《証拠略》によれば、東郷は、前記のとおり、控訴人居室内の布団で横臥していた控訴人が、そのままの姿勢で、うるせえなこの野郎などと捜査に非協力的で反抗的な応答をしたため、咄嗟に控訴人の着用していたトレーナーの衿首部分をつかんで廊下まで引きずり出し、同所において立ち上がった控訴人に対し、どのオートバイを盗んだか問いただしたのに対し、控訴人が盗んでいない旨応答したため、これに立腹して顔面に数回頭突きをしたこと、以上の暴行を受けたため、控訴人は上唇裂傷、顔面打撲で全治約一〇日間を要する傷害を、上下の右前歯各二本について打撲による歯根膜炎及び歯冠破折で通院加療を要する傷害を負ったこと、なお頭突きにより東郷も額部分から出血する傷害を負ったことが認められる。
なお、控訴人は、右の暴行のほか、控訴人居室に横臥していた際に東郷から布団の上から足蹴りされ、廊下で頭突きに続き顔面を数回手拳で殴打され足蹴りもされた旨供述するが、右供述にかかる暴行は、証人乙山の証言に照らし、必ずしも採用できず、他に右暴行のあった事実を認めるに足りる証拠はない。また、控訴人は、戊田荘から外に出た後、東郷に前記の盗難にかかるオートバイを止めていた甲田方路上に同行され、その場でどれを盗んだかを問われてこれを否定したところ、顔面を一回手拳で殴打された旨供述し、証人乙山も同旨の証言をし、同人が事件後まもないころに代理人弁護士に供述した内容を録取した書面、また、暴行を再現して指示説明を加えた実況検分調書と題する書面にも同趣旨の記載部分がある。しかし、これを目撃したとする乙山は、外に出てから警察官にヘッドロックされて顔を下に向けていたと述べる一方、たまたま振り向いた際に控訴人が東郷に殴打されていたのを目撃したと供述していること等から勘案すれば、控訴人が殴打されているのを目撃したとの同人の供述は容易には採用できない。結局、控訴人のこの点に関する供述は、東郷は控訴人が殴打されたと述べる甲田方前路上に控訴人を同行していないとする《証拠略》に照らし、採用し難く、他に右暴行の事実を認めるに足りる証拠はない。
2 被控訴人は右各暴行を一切否定し、これらの暴行があったとする証人乙山の証言が、右当日後まもない時期である平成五年二月二七日に弁護士が供述を録取した供述調書及び同年三月一一日において控訴人とともに弁護士に対して当日の状況を指示説明した様子を実況検分調書と題する書面と対比すると、目撃した場所や階段を降りた順序等、重要な事項について食違いがあり、控訴人のこれらの点に関する供述ともそごする部分があるから信用できない旨主張し、また、前記のとおりの控訴人の受傷も、前記暴行を受けたにしては軽度であり重傷ではないから、前記暴行の事実はない旨主張する。そして、証人東郷及び同山下は、この点に関し、東郷が、背を向けて横臥したまま、山下の前記のような呼び掛けに対しこれに反発する発言をした控訴人に対し、聞きたいことがあるからなどと声をかけながら控訴人の肩を揺すったところ、いきなり控訴人が起き上がって体当りをし、控訴人居室入口付近廊下まで押し出したので、東郷が興奮している控訴人に対し公務執行妨害で逮捕することになる旨警告を発したところおとなしくなった旨証言し、また、東郷が戊田荘の二階廊下から階段を降りようとした際、後ろから控訴人から左足を払われたためバランスを崩し、左足を二、三段下の踏み板についたまま体勢を直そうと身体をひねりながら左手で右側の壁を押さえて、右手で上にいた控訴人の左肩付近をつかんだ際に、東郷の頭部と控訴人の顔面が勢いよく衝突したため、控訴人、東郷がそれぞれ負傷し出血した旨証言し、暴行の事実を否定する。
しかし、証人乙山の証言と同人の事件後まもなく代理人弁護士に供述した内容とに多少のそごがあることは事実であるものの、突然の出来事の目撃状況に関する供述であり、証言までにはやや時間も経過していること等に照らせば、当時目撃した暴行の態様や目撃場所等についての供述に多少のそごや訂正等があっても、そのこと自体で供述全体の信用性を否定することはできず、前記認定にかかる暴行に関連する供述ないし記載部分は控訴人の供述とも大筋において一貫しているのであり、十分信用に値するというべきである。
また、証人東郷及び同山下の右証言内容についてみるに、控訴人居室で横臥していた控訴人が突然起き上がり、前かがみになって声をかけてきた東郷を廊下部分まで押し出したとの点は、証人東郷の証言や控訴人本人の供述によって認められる控訴人と東郷の体格差(控訴人は身長約一六〇センチメートル、東郷は身長一七七センチメートル、当時の体重が七二キログラムで柔道の心得がある。)や、証人山下が控訴人の東郷に対する実力行使になんらの対応もせずに、心配しながら見ていたとの不自然な証言をしていること等に照らせば、容易には信用し難い。そのうえ、前記のとおり控訴人及び東郷が負傷するに至った経緯に関する東郷の前記証言も、その東郷が背後から足をはらわれて、片足を二、三段下につくほどバランスを失しながら、後ろを振り向いて階段上にいた控訴人の肩をつかんだとする東郷の挙動自体不自然で、取り得るものであるか疑わしく、また、バランスを失して階段下方に落ち兼ねない者の額部分と階段上部にいる者の顔面とが勢いよく衝突して負傷するといった状況が生ずるとは考え難い(もしそれが東郷が控訴人の肩をつかんだためであるとすれば、控訴人が転落することなく階段上に踏みとどまれたことの説明がつかない。)。また、控訴人の顔面の傷害部位の範囲、当時の控訴人の顔面はかなり出血して、着用していたトレーナーにも出血の跡が広範囲に残っている事実、その後、本田署に同行する前に派出所に立ち寄り、東郷が顔面を洗い、控訴人にも洗わせている事実、控訴人の顔面が一見してわかる程度に腫れ上がっていた事実等から認められる控訴人の受傷範囲及びその程度に照らせば、東郷の頭部との一回の衝突から生じたものとは到底考え難い。さらに、証人東郷の証言のとおり、階段を降りようとしたところを後ろから足をはらわれてバランスを失したとすれば、かような行動は非常に危険な反抗的な行動であるとして、その場にいた山下とともに東郷が厳しく注意をするなどし、控訴人との間で険悪な緊張関係が生まれてしかるべきところ(まして、証人東郷の証言によれば、控訴人は控訴人居室から猛然と入口部分まで東郷を突如押し出したというのであるから、反抗的で危険な態度は一層明らかであるはずである。)、証人東郷も同山下も、わざとやったのではないと思ったなどとして控訴人の危険な行為を特段咎めることもなく、その後も控訴人の行動に特に注意を払った形跡がないというのも容易に首肯しがたいことである。これらの事実に鑑みれば、証人東郷、同山下の、階段における東郷と控訴人の衝突に関する前記証言は信用できず、その他、前記認定を左右するに足りる証拠はない。
三 争点3について
前記のとおり、控訴人は、控訴人居室から東郷に引きずり出され、廊下において頭突きを受けて負傷した後、抵抗することなく東郷に促されて戊田荘を出て、パトカーに乗車して本田警察署に赴いたものであるところ、控訴人ら東郷に肩を組まれて歩くような姿勢で甲田方路上まで連行され、その後、東郷に引っ張られてパトカーに乗せられた、本田警察署までその意思に反して連行された旨主張する。
そして、控訴人は、戊田荘から五〇メートルほど離れた甲田方路上まで東郷に腕を回され肩を組んで歩く姿勢になって連行された旨、その後、停車していたパトカーに乗ろうとしていた警官に引っ張られて乗車した旨供述する。
確かに、東郷は、控訴人をその意思にかかわらず有形力を行使して控訴人居室から連れ出し、暴行を加えたものであるから、控訴人を本田警察署に同行するまでの過程の当初において不当な行為があり強引に連れ出したことは否めない。また、《証拠略》によれば、戊田荘の玄関に降りた控訴人は、そこにスリッパしかなかったため、控訴人居室に戻って靴を持って来たいと警官に申し出たが、駄目だと言われてスリッパを履いて外へ出たことが認められる。しかしながら、《証拠略》によれば、控訴人は、パトカーに乗って本田警察署に行く途中で派出所に立ち寄った際に、促されて派出所内で顔を洗い、その後も再度パトカーに乗っているが、これらの過程においても、警察署に同行されることを明示的に拒否したことはなく、また、山下や東郷等によって身体を拘束されることもなく、不承不承ではあるものの警察署に赴くこともやむを得ないという態度であったこと、いったん本田警察署へ行った後、山下らが盗難車であるオートバイや盗品とおぼしい多数の自転車を警察署に搬送する際、これに同行した控訴人は、一人で控訴人居室に戻って靴にはき替えていることが認められる。そして、これらの事実に、前記のとおり、丙川、丁原、乙野ら控訴人居室に控訴人とともに居た少年等がいずれもオートバイを窃取したことを認め、控訴人居室に盗みの仲間がいるとの丙川の申立てがあったことが一連の捜査活動の端緒になっているもので、控訴人としては、共犯の嫌疑がかけられても致し方ないと感じられるような状況にあったものであること等をも勘案すれば、山下や東郷にその当初において前記の違法な行為があったことを考慮に入れても、控訴人を本田警察署までその意思に反して強制連行したとまでいうことはできない。
控訴人は、控訴人居室の鍵をかけずに出てきた事実(控訴人本人)をもって、控訴人が強制連行されたことの証左である旨主張するが、右の事実をもってしても、前記認定を左右するに足りない。
四 損害
以上の事実によれば、控訴人は、東郷から暴行を受けたことにより、前記の傷害を負い、精神的損害を被ったことが認められるところ、東郷が控訴人に暴行を加えた経緯及び状況、暴行の態様、傷害の程度等、本件に現われた一切の事情を勘案すれば、控訴人の精神的損害を慰謝するには金二五万円をもってするのが相当であり、本訴訟に要した弁護士費用については、五万円をもって不法行為と相当因果関係にある損害と認めるべきである。
第四 結論
以上によれば、控訴人の本件請求は、被控訴人に、金三〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成五年二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。
よって、右と結論を異にする原判決を右の理由のある限度で取り消すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 加茂紀久男 裁判官 鬼頭季郎 裁判官 三村晶子)